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小噺

 もそもそと動く背中は、決して居心地が良いとは言い難い。けれど牡丹はこの位置から動こうとはしなかったし、牡丹の足下(そっか)の少年も決して彼女を邪険に扱いはしない。猫一匹の重みは作業の邪魔になるわけでもないし、何より彼女の体温が良い温石代わりとなってぽかぽかと背中が暖かいのだ。
 時折前足でふみふみと背中を確かめるように踏みながら、牡丹は少しだけまどろんでいた。風に冷たさが交じり始めた季節ではあるが、日差しはまだまだ温かい。絶好の昼寝日和と言えた。

「……うーん、ここにもジュンコはいないか」

 ふぅ、と少年が吐き出した息の量に合わせ、牡丹の体が上下に動く。四半刻前よりも大きな、まるで船の揺れのようなそれに牡丹はゆるりと目を開いた。

(あの毒蛇にもこまったものですこと。あるじのあのニンゲンだけではなく、この者さえまきこむなどと)

 だらりと下がったひげをピンとあげ、牡丹はぷるりと耳を震わせた。足下で裏山の茂みを漁っている少年は彼女のお気に入りなのだが、こうしてたまに構ってやろうと出向いた際の実に八割が毒虫なり毒蛇探索と重なってしまう。
 せっかく来てやったのに放置されるのは気分が悪いが、かといって彼の邪魔をするのは矜持が許さない。なので彼女はいつもこうして、茂みに向かってうずくまる少年の背中でまどろんでいるのだった。

「どこ行っちまったんだろうなぁ、ジュンコのやつ」

 そう呟いた少年の背中が、ふいに強張ったのを牡丹は敏感に察知した。肉球が触れた背中の筋肉がきゅっと収縮し、少年のよっこらしょという掛け声と共にぐんと視界が持ち上がる。
 同時に牡丹は身を起こし、少年の肩へと移動する。立ちあがった少年の肩口を踏みしめ、均衡を保つためにしっぽを柔軟に動かした。くるりと弧を描いたそのしっぽは、最終的に少年の首へ添わせるような姿勢で固定される。

「ごめんな牡丹さん、ジュンコ見つけたら遊んでやるから」

(あなたがではなく、わたくしがあなたとあそんでさしあげるのですよ)

 機嫌をとるようにそっと漆黒の毛皮に頬を埋め、その反対側から大きな手のひらで撫でてきたこの少年に軽く文句を言いながらも、牡丹はピンとしっぽを立ててくるる、くるると喉を鳴らした。
 ひだまりと土、ぼさぼさの頭にひっかかった葉っぱの匂いが混じった頬に頭を擦り寄せ、牡丹はそっと目を閉じる。

(まったくあの毒蛇ときたら、どこまで散歩にいってしまったのやら。
 これではこのニンゲンをかまってさしあげることもできないではありませんか)

 放浪好きな赤い毒蛇を苦々しく思いだした牡丹だったが、喉をくすぐる優しい指にうっとりと身をまかせながら一層大きな音で喉を鳴らした。









竹谷に構ってほしいお猫様
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